何をどうすればいいかわからなくてここに来てしまったな
無理でしょう。
受け止め切れるはずがない。残酷な結末だよ。
ありがとうとかお疲れ様とか労う言葉よりも今は喪失感が勝ってしまいどうしようもない。何故どうして悲しいって自分の感情だけが勝る内は文章みたいなものを書く事から離れた方がいいんだと思うけど。でも時間が経てば経つほど私は綺麗事を書くと思うし前向きな事を言わなきゃってなると思う。無理です。これまで(クレしんの事で)何度も持ちこたえて立て直して…ってしてんのに、あまりにもトドメです。
受け止めざるを得ない事もちゃんとわかっているし頭ではもう理解しているので大丈夫です。なんならもう受け止めている。駄々をこねているだけ。だって藤原啓治のいない世界って何?実感したくないんです。しかも4日前ってさ。知らずに4日間過ごしてたかと思うと、もうなんか、なんて言ったらいいのか。
訃報以降の記事とか、関係者様や親しかった方の追悼文とか、直接関わってきた人達こそ悲しみが深いと思うのに、文面がきちんとしていて愛を感じられてただただすごいなあって。だんだん追悼で溢れてくるほど現実味を帯びてくる事に気持ちが追い付かなくなってしまうから逃げてきちゃったよ。あとでは読めると思うんです。というか読みたい。今までのしんちゃんも、出演作も見れるし、キャラソンも聴けると思う。聴きたくなったらいつでも声が聴けるのは知ってるんで。藤原さんに限らず。そうしたくなったらそうするので。
大好きな藤原さん。
あんだけファン自称しといてちゃんと弔う事すらできない自分って本当何なんだろう。ごめんなさい。
藤原さん、ずっと闘ってたのなんで言ってくれなかったのかな?そりゃ会社とか仕事とかファンの事とか人柄を考えれば色々。他にも色々あったかもしれない。冷静に考えればそれはそうだ。仮に公表してくれたとして何が変わったのか?って言われると、わからない。こっちの覚悟ができたかもしれないっていうのはもう完全なこっちのわがまま。
何か、大病なのか?という不安はあった。病気とは言ったが病名を明かさなかった事、復帰後ひろし(=長期モノの役)には戻ってこない時点で薄々。矢島さんのように喉を守るためかもしれないとか勝手に解釈したり。だけど考えても仕方ないし憶測で口にしたくなかった。ていうか本気で憶測だと思ってたし、(今思えば能天気解釈すぎるが)藤原さんが特に何も言わないからまあ大丈夫なんだろうって、本気でずっと思ってた。普通に。復帰後の藤原さんのお仕事や、たまに本人からツイートしてくれてるのをただ素直に楽しみにしてただけ。ひろしについては本当に待ってたけど多分いつまでも待てたけど。それも意味がなくなってしまった。悲しい。ずっと闘病してた藤原さん。誰にどこまで話していたかわからないけど辛かっただろうな。頑張っていたんだろうな。そんな素振り見せて来なかったのが、私別に身内でも知人でも何でもないけど、なんか藤原さんらしいって思っちゃうよね。
例年なら劇しん公開の時期。奇しくもってやつか。きついな。ちょっと本当にきつい。酷いよね。本当に酷いと思うよ。春のくせに普通に寒いわ強風だわの4月の朝に有楽町まで、矢島さん・ならはしさん・藤原さん・こおろぎさんの家族漫才舞台挨拶を観に行く事があの頃ほんっと~~~に楽しかったな!!この季節クレクラに会ってワイワイやったりしたくなってくるんだけどこんな世界情勢でもう苦笑いですよ。
多分色々まだ無理なんだけどでもこの事だけに関しては折り合いを付ける方法なんかじゃダメだなって。きちんとしなきゃと。なんだろうな??お別れというのだろうか。あてはまるような言葉が出てきません。藤原さんの声と演技と顔とトークと仕事に対する姿勢とかお酒を飲んで酔っ払ってた姿とか垣間見える人柄とか、みんな藤原啓治がいつまでも大好きすぎるのでその敬意は払っていきたいし、ちゃんとしたいと思ってるよ。

